遊楽の印 和のどみ - 2008/07/17

日本の美しい四季にはぐくまれたしきたりや行事を自分らしく日常の中に取り入れていきたい。遊楽の印 和のどみはそんなあなたの道具になりたいと思っています。

2008年07月17日(Thu)▲ページの先頭へ
とりあえず。。。はもう卒業。。。

画像が大きくてはみだしているような気もしますが。
なんで横幅を覚えられないんだろう?
なんで何年も毎日のようにやっていながら覚えられないんだろう?

こう暑いと、
こんな問いかけを永遠と繰り返してしまうわたしの頭の中。
かなり危険。ーー;


頭の中と同じく、
窓の外は急に雲行きが怪しくなったのですが、
怪しいままで、
雨が降りません。


降っておくれ〜。
と言いたくなる位、雨。。。降っていないのではないでしょうか。。。


ここ数日、時間を見つけては、
ショップのアイディアページを追加していっております。

写真を撮るたびに、
きちんと全ての整理を完結してしまえばよいのですが、
「とりあえず、ここ、いれとこー」
で増えていくフォルダーたち。


そういえば、
家の整理整頓についても
同じようなことを書いていたのはつい先日でした。


全く学習せず、
生活・シゴト全般にわたり
クセを発揮しまくっております。


つい先ほど、
今晩の夕食用に鯵を下ろしていたら、
急にお昼ご飯を食べていないことに気付いたけれど、
もう夕方。

とりあえず、アイスクリーム食べとこー。

と、やっぱり学習能力ゼロでございます。

とりあえずはやめなさいってば。。。



■お知らせ■

明日は、終日メールの送信ができなくなります。

ショップからのお申し込みなどの受付は通常通り承ります
が、
わたくしからの詳細メールが土曜日午後になりますので、
どうぞよろしくお願い申し上げます!

*写真が切れている方、こちらならご覧いただけると思います。



ずっとかわらないもの(続き)

甘木祇園山笠の最終日、各町をまわった山が須賀神社へ戻ってきます。
まずは、東町から。
こどもたちが先に走ってきました。

そのうしろからがんがんが。。。^^


ゴールを目指して最後の疾走です。

境内へ入ったら手入れ、

お参りをしてから、用意してあったお神酒をいただきます。

最後に各町で集まってもう一度手を入れ、神社を後にします。

店があるのはこちらの西町ですが、
シャッターのタイミングがあわず。。。
境内で待っていたほうがよかったのかも。



みなさんお疲れ様でした。^^

そして事故もなく無事に終わってよかったです。

昨晩、オットもしみじみほっとした様子でした。


今回、ほんとうにほんとうにほんの少しですが、
裏側でお世話をしていらっしゃる方々の様子を拝見し、
いろいろなことを思いました。

オットも、お世話をさせていただいたひとりですが、
このひと月ほど山笠準備にかかりっきりになっていたように思います。


こどものころからずっと参加してきた甘木祇園山笠。

楽しむ側から、
微力ではありながらも裏から支える側のひとりになれたことを、
とても喜び、
そして誇りに思っているのだと思います。


オットの
山笠や、生まれ育った町甘木への思いも
知っていたつもりで
なんにもわかっていなかったのかもしれないなぁ。。。
などと思う愚妻です。



以上、甘木祇園山笠2008年でした♪




また、最後になってしまいましたが、
甘木祇園山笠の草創について
須賀神社のHPより引用させて頂きます。




以下引用

博多承天寺住職が豊後の國に赴かんとする時
甘木山安長寺に投宿した折

俄に生死の間を彷徨っているとき、
『吾、神早素盞鳴ノ神ナリ、昔、此処ニ、ワガ社有レドモ兵火ニ罹レリ、
汝、モシ、ワガ社ヲ再建ナサバ汝ノ病ヲ除カン』
との霊夢(神勅)を蒙り、

弟子宗晋に命じて社殿を造営し素盞鳴尊を斎祭り、
禾穀豊饒、無病息災の祭りを厳修し、
後に上奏して「甘木山祇園禅寺」と号する事と成ったのであるが、

その折、当地(甘木)に夏特有の流行病がはやったので、
直翁和尚は垣棚(セガキ棚)を造りて、
自ら台上に登り「祇園さま」のご神水を振り撒き乍ら甘木の街中を、
無病息災の祈祷をなした。

これが甘木祇園山笠の草創と言われるものであります。



江戸期になると益々盛んとなり、
『甘木祇園山笠縁起』に見られるように
庄左という紺屋が牛頭天王の霊夢を蒙り、

山笠を作りて千年の邪気を祓う事から始まって
又元禄の頃踊り(山笠踊り)を再興して氏子息災を祈念していったのです。


年々町の邪気も除かれるようになりそれにつれ町が発展していき
又、諸国の人々も参詣するようになり
甘木町には“市”が立ち繁盛していったのであります。



又、俗の諺に『祇園風に吹かるるものは、無病なり。』
この祭りに『逆らい直(すなお)ならぬ人は当社の祟りを受けたる者数多し 
是神霊の罪なるべし』と言い
甘木町の冠たる祭事となったのです。


これは『甘木祇園山笠縁起〜江戸期』に見られる通り飾り山(作り山)の盛大な状、
踊り(山笠踊り)の多種な題目にも窺われます。


“市”の名残は現在も四重町、四日町、七日町、八日町等の町名に残っています。

 現在(平成)も紆余曲折は有っても、
営々と甘木町の氏子によってこの山笠行事は受け継がれてきているのです。


以上、須賀神社HPより引用させて頂きました。


   


遊印のどみのお買い物は
こちらで♪






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□以前から素敵な方でしたが、お子様が生まれてますます素敵な女性へ。ほのぼのにっこりの
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